2018-02

The Cheerful Insanity of Giles,Giles & Fripp - 1968.09.13 Fri









[sales data]
1968/9/13
[producer]
Wayne Bickerton
[member]
Robert Fripp(g/mellotron)
Peter Giles(b/vo)
Michael Giles(ds/vo)
*****
Mike Hill(key)
Nicky Hopkins(key)
Ted Barker(trombone)
Cliff Hardy(trombone)
R. Cohen(vl)
G. Fields(vl)
K. Isaccs(vl)
B. Pecker(vl)
W. Reid(vl)
G. Salisbury(vl)
John Coulling(viola)
Rebecca Patten(viola)
A. Ford(cello)
Charles Tunnell(cello)
Ivor Raymonde(string arrangements)
The Breakaways(bvo)




G,G&Fがデビューした1968年の英国はビートルズを代表としたリバプールサウンドが
全盛でロック、ブルース、ジャズなどジャンルを超えて刺激し合い
新たな音楽ムーブメントが興隆し始めた最中にひっそり発売され消えていった
無数のアルバムの中の1枚です。

前年(1967年)トレンドセッターズ・リミテッドが解散するとメンバーだった
ピーター&マイケルジャイルズ兄弟は新バンド結成のため歌えるオルガニストを
探していたところ、バンド結成の話をアプローチしてきたのは
歌えないギタリストのロバート・フリップだったそうです。

フリップは1965年にリーグ・オブ・ジェントルマンというバンドで
プロデビューしていますが、バンド活動は軌道に乗らず
ホテルやバーのダンスパーティーでスタンダードナンバーを演奏したり
地方巡業の歌手のバッキングを担当するなど裏方仕事をしていたようです。
(リーグ・オブ・ジェントルマンの活動内容はあまり知られていませんが
ボーカルはゴードン・ハスケルだったようです。
レコードミラー評
「たいしたバンドではないがギターだけは上手い。注目の価値あり」

この作品でまず目にいくのはアルバムジャケットの「にやけ顔のフリップ翁」
ではないでしょうか。
(アナログ時代の邦題は「ジャイルズ、ジャイルズ&フリップの上機嫌の狂気」)

6月28日に先行発売されたデビューシングルOne In A Millonについての評

Giles Giles Fripp One In A Million

「ジャイルズ、ジャイルズ&フリップというどこかの弁護士事務所のような
名前はともかくとして、このサウンドの退屈さといったらない。
まさにOne In A Millonだね)」(6/29ディスク誌)

「また別のレコードかい。まったくキリがないな。ジョン・セバスチャン・タイプの
曲だな。これと同じような演奏で少しだけ歌詞の違う曲が何百曲とあるね。
ヴァイオリンは風呂の中で演奏してるんじゃないのか?
まぁそれがお似合いだろう。」(7/5 ブラインド・デイトのキース・ムーン評)

クリムゾン胎動期ということでクリムゾンファンが遡って手を出し顔をしかめている
光景が目に浮かびますが(笑)フリップの仕切りのアルバムではないので
クリムゾン的要素は少ないですが、小オーケストラのように弦・管楽器を多用し、
既にメロトロンも使用しており、Erudite Eyesにクリムゾンの起源があります。
(Elephant Songは21世紀の精神異常者の原曲)
ニッキー・ホプキンスが何気に参加していてクリムゾンと接点があったことに
とても驚きました。
又SUITE NO.1は、後のFractureのようなギターの連譜奏法を
当時からフリップ翁が好んでいたのが伺えます。

シングル発売時は低評価でしたがアルバム評は好意的なものが多く
音楽通に受けは良かったようですが、一般の音楽ファンの耳までは届かず
アナログ時代オリジナルの英国盤は500枚しか売れず
フリップ談だと印税から逆算するとカナダで40枚/スウェーデンで1枚売れたとか(笑)

[参考文献:至高の音宇宙を求めて(北村昌士著)



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The Brondesbury Tapes(1968)/Giles,Giles,Fripp - 1968.09.13 Fri









[sales data]
2001/10/1
[producer]
unknown
[member]
Michael Giles(ds/vo)
Peter Giles (b/vo)
Robert Fripp (g)
Judy Dyble (vo)
Ian McDonald (fl/sax/etc)
*****
Al Kirtley(p)




デビューアルバムThe Cheerful Insanity of Giles,Giles & Frippが
リリースされた頃、バンドはイアン・マクドナルドとその恋人ジュディ・ダイブルを
加えた5人編成となっており、サウンドコンセプトもフリップの比重が強まり
クリムゾン誕生に向けて大きく舵を取り始めた時期のリハーサル音源。

本音源は先にMetaphormosisというタイトルのアナログ盤でリリースされ

Metaphormosis.jpg

CDでは発売されないのか?と思ってましたら未収録音源を加え曲順を入れ替えて
人知れずこっそりリリースされました。

まずこのアルバムの肝は「風に語りて」でG,G&Fバージョンとジョディ・ダイブルの
ボーカルの2バージョンが収録されています。
この曲はインフェィニティ時代イアンと仲が良かったピート・シンフィールドとの共作で
マクドナルド&ジャイルズのアルバムのバードマンの原曲Under The Skyも
収録されています。



脱退したジュディ・ダイブルの代わりにフリップのギター教室以来の知人であった
グレッグ・レイクがメンバーに加わりいよいよキング・クリムゾンの
暗黒の音楽活動が開始されることとなります。

In The Court Of The Crimson King(クリムゾン・キングの宮殿)/King Crimson - 1969.10.10 Fri









[sales data]
1969/10/10
[producer]
King Crimson
[member]
Robert Fripp(g)
Michael Giles(ds/per/bvo)
Greg Lake(vo/b)
Ian McDonald
(sax/fl/clarinet/key/etc)
Peter Sinfield
(lyrics/illumination)




ロバート・フリップ(1969年語録)
キング・クリムゾンの基本的な目標はアナーキーを組織化し
カオスの潜在的な力を利用し、さまざまな異なる影響を相互に作用させ
それらの厳密な力の均衡を発見することである


G,G&Fから脱退したジョディ・ダイブルと入れ替わりフリップとギター教室時代からの
知人であったグレッグ・レイクが加入し(ブッキングしてしまったベースの
ピート・ジャイルスが身を引き)イアン・マクドナルドの紹介で
ピート・シンフィールドが加わりここに「クリムゾン・キング宮殿」の
5人の番人が揃うことになります。
(ちなみにking Crimsonという名を提案したのはピート・シンフィールドです)

バンドはレコードデビュー前から精力的にライヴを行い、
*****
1969/5/14 ロンドン、レヴォリューションでのギグ後のこぼれ話。
(1)
フリップ翁はクリムゾンの最初頃のステージは
立ってギターを弾いていたらしいのです。
ところが手記によると1969/5/14に「座ってギターを弾くことに決めた」
グレッグ・レイク
「おい座るなよ。きのこみたいだぜ。」
フリップ翁
「立ってショーアップするなんてことは私の知ったことじゃない。
私の仕事はただ一つ、演奏することだ。私から見ればステージで演奏するのは
それだけ難しいってことだ。もちろんレコーディングはもっと大変だけど
ステージだととにかくそこに存在してギターを弾かなくちゃならないわけだから」
(2)
このギグ後の楽屋にジミヘンがフリップを訪れ握手を求め、フリップが
右手を差し出すと、ジミヘンは「左手で握手させてくれ。左手の方が心臓に近いから」
と言ったそうです。
フリップとジミヘンのコンタクトはこの時一度だけです。
*****
当時のクリムゾンにいち早く興味を持ったのがスレッショルドの人気バンド
ムーディー・ブルースのプロデュサー、トニー・クラークとアイランドレコードの
マネージメントディレクター、マフ・ウィンウッド(スティーヴ・ウィンウッドの兄)
クリムゾンの評判は業界でかなり話題なっており、アイランド、アトランティック、
マーキュリーなどの大手が多額の契約金を提示していたのでスレッショルドで
アルバムを出すことは初めから難しかったのですが実は6/12から
トニー・クラークのプロデュースで録音された幻の音源があったのですが
7/16を最後に中断し全ての録音テープは破棄されたそうです。
(結果的にアイランドとの契約となります)

デビュー前のクリムゾンの認知度を決定づけたのは7/3にハイド・パークで行われた
ブライアン・ジョーンズの追悼ライヴで65万人を前に今まで聴いたこともない
衝撃的なサウンドを展開し、英国中にその名を轟かすことになります。

hyde park 1969

そのおかげで大したプロモーション費をかけずともメロディー・メーカー誌の
ヒットチャートであのビートルズのアビーロードを引きずり下ろして
トップに立った事実は60~70年代の音楽のセンセーショナルな変革を如実に示した
一例だと思います。

このアルバムを聴いたことのない方でもこのインパクト大のジャケット画は
どこかで見たことがあると思いますが、作者はバリー・ゴッドバーという方で
チェルシー・アート・カレッジの学生時代の作品だそうですが
本人は24歳の若さで亡くなられているので有名な作品はジャケット絵
だけかもしれません。

現在のようにメディアを利用して無理やりヒットしたシングル曲を単に詰め合わせた
ゴミ袋化したアルバムとは違い「アルバム」のために意欲的に楽曲を作っていた
1960年代後半、ビートルズのサージェント・ペッパーズの強烈なコンセプトに
影響を受けたバンドは数知れず、その結果クラシックやジャズの要素を取り入れ
「エピタフ」の「混乱こそ我が墓碑銘(Confusion will be my epitaph)」
という名フレーズのように詩と音で抽象的・神秘的な世界観を表現する
プログレッシヴ・ロックというジャンルを切り開いた記念碑的アルバムで
クリムゾンファンというより幅広いジャンルから支持される多角的な嗜好要素が
詰まっているアルバムです。
[参考文献:至高の音宇宙を求めて(北村昌士著)]



In The Wake Of Poseidon/King Crimson - 1970.05.15 Fri









[sales data]
1970/5
[producer]
Robert Fripp
Peter Sinfield
[member]
Robert Fripp(g/mellotron)
Greg Lake(vo)
Peter Sinfield(words)
*****
Mel Collins(sax/flute)
Michael Giles(ds)
Peter Giles(b)
Gordon Haskell(vo)
Keith Tippett(p)




宮殿で一気に名を挙げたクリムゾンでしたが、バンドを取り巻く環境は劣悪だったらしく
1969年の宮殿アルバムを引提げての米ツアーについてフリップ翁のコメント
「米はバンドの結束を高めるか、破壊するかのどちらかだと人は言うが、
クリムゾンの場合はその両方だったようだ」

このツアーで疲弊したマクドナルド&ジャイルズは平穏な音楽を求めて脱退。
米進出の成功を夢見るグレッグ・レイクはE,L&P立ち上げにうつつを抜かし
本アルバム制作途中に脱退することが決まっていたので、バンドは早急に新ボーカルリストを
探さねばならず、一度エルトン・ジョンと契約しますが、スタイルがあまりにクリムゾン色に
合わなかったためキャンセル。

elton john

フリップつながりでリーグ・オブ・ジェントルマンのゴードン・ハスケルのオーディションを
するもリハーサル不足で1曲だけの参加となり他のボーカルパートはグレッグ・レイクで
間に合わせ、フリップとシンフィールドはマクドナルド&ジャイルズの穴埋めの
新メンバーのオーディションを行い、サーカスからメル・コリンズ、ジャコブズ・ラダーから
アンドリュー・マックロックの二人を入れてリハーサルを開始。
又米ツアーで知り合ったジュリー・ドリスコールからキース・ティペットを紹介され
お互いのアルバム制作の協力を約束し途中から参加します。
しかしその場凌ぎのハリボテ状態のバンドは各メンバーのスケジュール調整が上手くいかず
アンドリュー・マックロックは全くレコーディングに参加できず、結果的にジャイルズ兄弟に
泣きついて協力してもらうなどとてもバンドの体は成しておらず、
本アルバムに正式メンバーとしてクレジットされているのはフリップ、ピート・シンフィールド、
そしてグレッグ・レイクの3人で他はゲスト扱いとなっています。

臨時の演奏メンバーをかき集め、最低限の体裁を整えて制作したため、
捻りのないコンセプトのまま宮殿とペアレントアルバムになってしまったのはいか仕方ないものの
セールスは前作の勢いの余波もあり上々だったとのこと。

並のグループだったら一発屋としてこのまま消えてしまうところですが
フリップはキース・ティペットと出逢い、大きな影響を受けたおげで
新しいサウンドのアプローチ方法に目覚め更にバンドを前進させることとなります。

尚、邦題は「ポセイドンのめざめ」として発売されますが、
名詞wake(航跡)と動詞wake(めざめ)を取り違えたために生じた誤訳で
本来の意味は「ポセイドンの跡を追って」「ポセイドンに続いて」となるため
最近の再プレスCDは原題をそのままタイトルにしています。
[参考文献:至高の音宇宙を求めて(北村昌士著)]

Lizard/King Crimson - 1970.12.15 Tue









[sales data]
1970/12
[producer]
Robert Fripp
Peter Sinfield
[member]
Robert Fripp(g/melltron/etc)
Peter Sinfield(lyrics)
Mel Collins(sax/fl)
Gordon Haskell(b/vo)
Andy McCulloch(ds)
*****
Keith Tippett(p)
Robin Miller(oboe/cor anglais)
Mark Charig(cornet)
Nick Evans(trombone)
Jon Anderson(vo)



前作の「ポセイドンのめざめ」は正式メンバーが定まらず不安定要素が多い状況で
制作されるも宮殿の余韻もありセールスは好調でなんとかバンドの危機を乗り切り
キース・ティペットの音楽センスに影響を受けたフリップは新たなアルバム制作に
意欲満々で、1970年はアルバム制作に集中するためライヴは一切行わないと
アナウンスしファンをがっかりさせます。

リハーサルが年密に繰り返され、キース・ティペットは前回同様ゲスト扱いで
自身のバンドメンバー(マーク・チャリグ、ニック・エヴァンス)を引き連れて参加し、
又イエスのジョン・アンダーソンが参加しているのもプログレファンには嬉しいところ。
同時期イエスはギタリストのピーター・バンクスが脱退したため
ジョン・アンダーソンがフリップにイエス加入を誘ったところ
フリップは「君こそキング・クリムゾンに入れ」と言ったとかでその流れで
ジョンがゲスト参加することになったようです。
(イエスにはスティーヴ・ハウが参加します)

前2作が幻想的なイメージを具音化した内容だったのが、本作は今までと趣きを変えた
ジャズ・ロックで一連のクリムゾン作品の中では異質です。
フリップ曰く
「何度も聴き続ければ24回目には打ちのめされるように作ってある」
とのことなのでファンは絶対24回聴かねばなりませんぞ(笑)
ちなみに日本で一番最初に発売されたクリムゾンのアルバムはこのリザードだったそうです。

この時期のフリップはアルバム制作と同時並行で大きなプロジェクトに携わり
「センティピード(むかでの意)」というキース・ティペットのジャズ組曲演奏のため
50人編成のオーケストラのプロデュースを担当し10/15~12/19まで計8回の公演を
大成功に導きジャズとロック双方に大きなインパクトを与えました。

Centipede.jpg

センティピードのスタジオ録音は翌1971年6月に行われSeptober Energyという
アルバムがリリースされました



そのためこの時期のフリップはジャズに物凄く接近していたのですが
「私はギタリストであるよりも音楽家でありたい。クリムゾンのおいてギター演奏というのは
バンドのほんの一部分に過ぎない、私の役割は状況のオーガナイザー的なものだ」と語り
クリムゾンの組織化に長きに渡り、全精力を捧げていくこととなります。
[参考文献:至高の音宇宙を求めて(北村昌士著)]

Island/King Crimson - 1971.12.15 Wed









[sales data]
1971/12
[producer]
King Crimson
[member]
Robert Fripp(g/mellotron/etc)
Peter Sinfield(words)
Mel Collins(sax/fl)
Ian Wallace(ds/per)
Boz Burrell(vo/b)
*****
Paulina Lucas(vo)
Keith Tippett(p)
Robin Miller(oboe)
Mark Charig(cornet)
Harry Miller(b)




センティピードの活動が一段落し完成度の高いリザードを引っさげて
クリムゾンとして久しぶりのツアー開始前に再びアクシデントが襲います。
ボーカルのゴードン・ハスケルが脱退。
急遽ボーカルオーディションを行い、ボーカル志願でオーディションを受けて落ちた
イアン・ウォレンスはドラムの腕前を買われ採用。
そのためアンディ・マッカロックがクリムゾンのライヴでは一度も演奏しないまま
解雇されこの交代劇はクリムゾンの7不思議の一つとされています。
(アンディ・マッカロックはコラシアムのデイヴ・グリーンスレイドのグリーンスレイドに参加)
結局ボーカルにはドイツのミラーズというバンドで活躍していたボズ・バレルが決定するも
ベーシストが決まらなかったためボズに兼任させ初体験のベースを2ヶ月の特訓で
マスターさせたとか(笑)
この時のオーディションはブライアン・フェリーも受けて不採用でしたが
後にピート・シンフィールドのプロデュースでロキシー・ミュージックを
結成することになります。

roxy music

又この頃フリップ翁はキース・ティペットに正式にバンドメンバーとなるよう打診しますが
断られたようです。

1971年4月12日ドイツのフランクフルトのズームクラブで約1年半ぶりの
ライヴ活動を再開し、半年に渡るニューラインナップのクリムゾンライヴは
好意的に受け入れられます。

ところがこの頃、ピート・シンフィールドと新加入のイアン&ボズが音楽的な見解の相違で
対立していたり、前作のリザードが自分好みの雄大な楽曲が封印されジャジーな方向に
変わってしまったことでバンド内にシンフィールドの居場所がなくなりクリムゾンへの
情熱が急速に冷めてしまいます。

そんな状況下で本作は制作されるのですが、アルバムのトータル性はありませんが
1曲1曲のクォリティは非常に高いと思います。

ニューミュージカルエクスプレス評
「演奏は大変巧みだが一方で冷たく無感動なバンドになりつつあるということを
裏付けている。このバンドに欠けているのはあたたかさだ」
この評価はこの頃のバンド状況を的確に表していて、11月から開始した
2年ぶりの米ツアーで悪夢が再びバンドを襲うこととなります。
[参考文献:至高の音宇宙を求めて(北村昌士著)]

Earthbound/King Crimson - 1972.06.15 Thu









[sales data]
1972/6
[producer]
Robert Fripp
[member]
Robert Fripp(g)
Boz Burrell(vo/b)
Mel Collins(sax/mellotron)
Ian Wallace(ds)




Islandリリース後の米ツアーから戻るとクリムゾンへの情熱が無くなった
ピート・シンフィールドが脱退。

シンフィールド談
「別に私たちがどこかで失敗したというわけではない。実際にツアーは成功だったよ。
しかし、それは昔の英国のツアーとは全然違った。私としてはむしろ家にいて
詩を書いている方がいいと思っている。」

フリップ談
「いうべきことはもはやもう我々の創造的な関係は終わってしまったと思っていることだ。
私はもうシンフィールドを信用していないし、我々がそれを個人的な厄介ごとに
持ち込みたくない以上、正直なところ創造的な関係は終わったと表明するのが良かったと思う。
我々が一緒にやってきたものにこれ以上二人で改良を加えようとは思わないところまで
来てしまった。つまりそれは質の低下を招くだけだから」

クリムゾン創設メンバーはフリップ一人だけとなってしまい、
クリムゾンのパブリックイメージはフリップ一人ではコントロール不能なほど巨大化し
「昔の曲を演れ!新しいのはつまらない」といった聴衆側が勝手に創ったクリムゾン像と
実像のギャップやメンバー間のトラブルといったフラストレーションから
フリップ翁は1972年1月15日メロディー・メイカーで
「私はクリムゾンのなすことのすべての責任を負わされるのがもういやになった」と
最初の解散声明を出しますが、メンバーとのミーティングの結果2月から6週間にわたる
米国公演の契約を履行後に解散という結論となり又このツアー音源をライヴアルバムとして
リリースすることも決定されます。

均衡が崩れたライヴはフリップと他3人(コリンズ、ウォレンス、ボズ)が分裂した演奏で
もはやフリップの望む統率のとれたバンド状態ではなく、その様子を収録したのが本作で、
アイランドの廉価盤シリーズHELPというレーベルからリリースされました。

理由は分かりませんがカセット録音という劣悪な音源をアルバム化したため
英国以外の国で発売されずプレス枚数が少なくアナログ時代の羨望盤で
中古時価で10,000円ぐらいしてました。
この音源は大学時代に友人からカセットにダビングしてもらい聴いていたのですが、
とにかく音は悪いんですが、統一感のとれていない当時のバンド状況を
ダイレクトに収録していてその事が幸いして妙な迫力を生み出しています。

このアルバムとUSAはなかなかCD化されなかったんですがようやくD化された時、
それほど話題になりませんでしたね。
そりゃそうですよ、これらを上回るクォリティのアーカイヴ物が
既に続々世にリリースされてましたから。
今思えばこのような劣悪な音源をファンがありがたがって聴くという事が
後にフリップ翁にクリムゾン悪の経典(アーカイブシリーズ)量産を
導いてしまったんですよね・・・(苦笑)



*****

米ツアー後、フリップを除く3人のメンバーは米ツアーで同行した
アレクシス・コーナー率いるスネイプのメンバーとなり



この活動後ボズ・バレルはバッド・カンパニーへ
イアン・ウォレンスはボブ・ディランと一緒に武道館に来たり
メル・コリンズはストーンズのMISS YOUでサックスを吹いたり
人気セッションマンとして活躍します。
そうそうピート・シンフィールドはE,L&Pに接近しマンティコアレーベルを
世界標準にしセリーヌ・ディオンに詩を提供するなどKC人脈では一番の出世頭となります。

そして肝心のフリップはジョン・ハイズマンにバンド加入を誘われますが断り
(その結果ホールズワースが参加して結成されたのがTempestです)
バンドを再構築し更にサウンドを猛進させる次世代型クリムゾンを稼動させる
こととなります。

フリップ談
「クリムゾンは全く終わってなどいない。次に登場する時は魔術的な
バンドとなっていることだろう」

[参考文献:至高の音宇宙を求めて(北村昌士著)]

Lark's Tongues In Aspic(太陽と戦慄)/King Crimson - 1973.03.15 Thu









[sales data]
1973/3
[producer]
Robert Fripp
[member]
Robert Fripp(g/mellotron)
John Wetton(vo/p)
Bill Bruford(ds)
David Cross(violin/viola/fl/etc)
Jamie Muir(per)




フリップはキース・ティペットの影響を受けLizard~Islandsとジャジーな方向で
新しいサウンドを模索していましたが、巨大化した宮殿クリムゾンの
イメージギャップとの葛藤、結成以来のメンバーだったピート・シンフィールドと決別、
バンドメンバーとの確執などフラストレーションがたまり解散宣言をします。

robert fripp

フリップ曰く
「クリムゾンは全く終わってなどいない。次に登場する時は魔術的なバンドと
なっていることだろう」

この頃、黒魔術にはまっていたフリップは既に次のバンド構想として
クリムゾンの本質「エネルギー・情熱・折衷主義」を表現することを決意し
より厳格な創造意識と方法論に裏打ちされたニュー・キングクリムゾンが
誕生します。

king crimson

1972年5~6月の空白期間にメンバー編成が整えられ、
イエスからビル・ブルフォードを引き抜き、ファミリーからジョン・ウェットン、
そして怪人ジェイミー・ミューア、新たにバイオリンという弦楽器を
バンドサウンドに加えるためにデヴィッド・クロスという5人のメンバーで
7月からリハーサルスタート。

bill bruford

特にブルフォードのクリムゾン参加は大きく報じられ、
当時YESはクリムゾンを遥かに凌ぐ人気グループで「こわれもの」は
ゴールドディスクを獲得し、ブルフォードの脱退がアナウンスされた時は
「危機」のレコーディング最中だったので、単純に金のためならYESの方が
断然、待遇が良いのですが、ブルフォードは心底フリップの音楽観に共鳴しており
金以上にクリムゾンでの活動に魅力を感じていたようです。
ただ裏的にはジョン・アンダーソンとの折り合いが悪く、
ブルフォード脱退後に即、アラン・ホワイトが加入したことから
すでにYES脱退は時間の問題だったようです。

john wetton

ジョン・ウェットンはフリップの昔からの友人で過去にもクリムゾン参加の
タイミングが2度ほどあったので(ボズ・バレルをボーカル専任にして
ウエットンをベース担当にする案)バンド参加は時間の問題だったのですが
加入したタイミングがまさにこの時、このメンバーだったというのが
非常に重要だったと思います。
もしボズ・バレルの代わりにベースを担当していたらこのアルバム制作時点で
ウエットンは既にバンドにいなかったでしょうからね(笑)

Jamie Muir

そしてこのニュー・キングクリムゾンのキーパーソンとなったのが
フリー・ミュージックの革新を試みていたジェイミー・ミューアで
フリップの音楽理論とミュアーの音楽哲学でこのクリムゾンの80%が完成していると
言っても過言ではないと思います。
(ブルフォードはジェイミー・ミュアーとの出会いが音楽的視野を広め
その後の音楽観を決定づけたとコメントしています)

david cross

それと全く無名のデヴィッド・クロス。
クリムゾンはフリップのギターと対峙する楽器奏者が必ず存在し
それがイアン・マクドナルド、メル・コリンズといった管楽器だったわけですが
今回初めてバイオリンを導入し、このことはマクラフリンのマハビシュヌの
編成を参考にしているのではないかと思います。

king crimson zoom club

10月13~15日の3日間、フランクフルトのズームクラブで初ステージ。
ライヴ開始と終わりのSEに同時録音していたイーノとのコラボ作品
No Pussyfootingが使用され、アンコールの21世紀馬鹿以外は
全新曲というセットリスト。
(ミューア在籍時のライヴはブートでも数少なく、聴く機会がなかなか
なかったのですが、コレクターズクラブでお目見えしてファンを喜ばせ
更にCOLLECTORS’ KING CRIMSON [BOX3] 1972-1974
まとめて再リリースされました)

king crimson beat club king crimson Live in Guildford

10月17日にBeat Club出演後、英国公演(11月10日~12月15日)をスタートし
精神的な衝撃を与える凄さまじいステージは
「クリムゾンの第二のピーク」と大絶賛を受けます。

フリップ曰く
「キング・クリムゾンの設立は英国国家のそれにそっくりだ。
それは成文ではなく、順応の観念に基づいているのである」

そしていよいよ年明け1973年1月~2月に濃密なバンドエネルギーを凝縮した
アルバム制作が行われ完成したのが「太陽と戦慄」

フリップの口癖
「クリムゾンは大宇宙(マクロコスモス)の中の小宇宙(ミクロコスモス)だ」

当時の黒魔術かぶれのフリップのこの言葉の意味は良く分かりませんが
なんとなくそんな感じです(笑)

ニュー・クリムゾンはミューアの卓越した音楽パフォーマンスに引きずられるように
他の4人が一生懸命ついて行く・・・
そんなステージが披露されるはずだったのですが、ライヴを再開した2月10日
マーキー初日、ミューアはライヴ終盤でゴングを足に落として大怪我を負い
そのまま姿を消し、クリムゾンに戻ってくることはありませんでした。
(その後8年間スコットランドの僧院で修行僧として修行しており
1981年に一時デレク・ベイリーのCompanyで演奏するもその後音沙汰はありません)

たった6ヶ月の在籍でしたがミューアが在籍したクリムゾンこそバンドの
ピークだったという意見に私も異論ありません。



[参考文献:至高の音宇宙を求めて(北村昌士著)]

Starless and Bible Black(暗黒の世界)/King Crimson - 1974.03.15 Fri









[sales data]
1974/3
[producer]
Robert Fripp
[member]
Robert Fripp(g/mellotron)
John Wetton(vo/p)
Bill Bruford(ds)
David Cross(violin/viola/etc)




new king crimson

クリムゾンは太陽と戦慄ツアー初日(2/10)不慮の事故でミュアーが
脱退してしまいますが、残った4人で3/16より初のワールドツアーを敢行。
(日本ツアーも計画にあったものの招聘元と交渉が決裂し実現しませんでした)



1973年のクリムゾンはツアーに明け暮れ、第一次ワールドツアー(3~7月)は
欧米で60回以上のライヴを行い、あまりのハードスケジュールにバンドは消耗し
ライヴパフォーマンスが低下するも、8月からのしばしの休養の間、
フリップだけは時間を惜しんでイーノとNo PussyfootingのB面や
EnoのHere Come The Warm Jetsの録音に参加するなど精力的に音楽活動を維持。

No Pussyfooting
Here Come The Warm Jets

9月から再び第二次ワールドツアー(9~11月)が欧米で40回以上行われ
その合間に新アルバムの制作を行っているのですが、この頃のクリムゾンは
ライヴ音源をベースにアルバム制作する手法をとっており
本アルバムは

・We'll Let You Know(10/23 グラスゴー)
king crimson Glasgow

・The Mincer(11/15 チューリッヒ)
king crimson zurich

・The Night Watch/Fracture/Starless and Bible Black/Trio
(11/23 アムステルダム)


が素材として使用されています。

アルバムタイトルは英国の詩人ディラン・トマスの詩劇「ミルクの森で」の序章から
拝借したものだそうで、内容はまさに「暗黒の世界」(邦題)で
Great Deceiver(偉大なる詐欺師)は突破口の見えない破滅への道をひたすら突き進み
Fractureで辿り着いた先は絶望あるのみだったと・・・



[参考文献:至高の音宇宙を求めて(北村昌士著)]

RED/King Crimson - 1974.09.27 Fri









[sales data]
1974/9/27
[producer]
Robert Fripp
[member]
Robert Fripp(g/mellotron)
John Wetton(vo/p)
Bill Bruford(ds)
*****
David Cross(violin)
Mel Collins(sax)
Ian McDonald(sax)
Mark Charig(cornet)
Robin Miller(oboe)




暗黒の世界リリース3日後、事実上最後となるツアー(3~7月)に出発。
欧米40回以上のライヴを行い、ツアー最後のライヴとなった
1974年7月1日セントラル・パークの出来が相当良かったらしく

live in central park 1974

フリップ曰く
「その時、我々はこのことを知らなかった。
私にとってそれは1969年以来最もパワフルなものだった」


ハードスケジュールな米ツアーから戻ると精神的に疲弊したデヴィッド・クロスが脱落。
クリムゾンはトリオ編成となり次アルバムはメル・コリンズ、イアン・マクドナルドなど
ゲストを招き制作されることが決まり、8月から再び大規模(6ヶ月)な
ワールドツアー(米~欧州~日本~南米)も計画され、イアン・マクドナルドが
正式メンバーとして参加することも内定しますが・・・

レコーディング開始前日の1974年7月7日

「この夜、私(フリップ翁)は自分がクリムゾンから脱退しなくてはならないということを
自覚した。明日から新アルバムのレコーディングをするという時にだ。
これは非常に衝撃的な体験だった。
私の中にあったキング・クリムゾンが死んでしまったんだ」

レコーディングは7月8日から予定通り行われ8月上旬に完パケ。
・1974/9/26 解散公式声明「クリムゾンは死んだ」
・1974/9/27 RED発売

クリムゾン作品の中で一番ハードロック色が強く、ジャケット裏のスピードメーターが
レッドゾーンに入り、バンドのエネルギーが昇華し尽くした姿が収録されています。
「もし」は禁句ですが、クリムゾンがこのメンバーでもう1枚作ると仮定した場合
一度クリムゾンの音楽を全否定するような強烈な個性のミュージシャンの新加入が
不可欠だったでしょうね。
例えばそれはイーノであったり、デヴィッド・ボウイであったり・・・
しかしこの絶頂期に活動停止したことがクリムゾンを神格化した最大の要因でも
あるのですが・・・

10月5日のメロディー・メイカー誌のWhy I Killed The King Crimsonと
題したインタビューにフリップ翁は解散理由を3つあげており、
「初めに世界変遷期の到来。次にクリムゾンの生活様式とは両立し難い特殊関連教育の渇望、
最後にクリムゾンを一緒に続けていく必要性を維持するエネルギーがもはやバンド内部に
なくなったということ」

かくして不可解な形で70年代のクリムゾンの活動は終了します。
ウェットンは事実を淡々と受け入れ、即効でロキシー・ミュージックのツアーに同行。
全てをクリムゾンに捧げていたブルフォードはかなりショックを受けますが
ブルフォード~UKとプログレ界の人気ドラマーとして大活躍。
さてフリップの本心はというとクリムゾンの活動と平行作業で進めていた
イーノとのコラボを更に高次元で実現したいという欲求が高かったようです。

1980年代フリップのプロジェクト”ディシプリン”が再びクリムゾンの名前で再始動しますが、
それはここまでの流れの錬金術のような本家クリムゾンとは異質のものだと私は思います。

フリップの声明通りこのアルバムで「クリムゾンは死んだ」と感じるかどうかは
貴方次第ですが。

[参考文献:至高の音宇宙を求めて(北村昌士著)]

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