2018-02

レッツ・ゴー「運命」/寺内タケシ&バニーズ - 1967.09.10 Sun









[sales data]
1967/9/10
[producer]
unknown
[member]
寺内タケシ(g)
荻野達也(org)
小野肇(b)
黒沢博(g/vo)
井上正(ds/vo)
輿石秀之(g/vo)




ブルージーンズ在籍中の1966年、殺人的スケジュールによる過労で倒れ、療養生活を送り
渡辺プロダクションとの確執や自分のプロダクション(寺内企画)を持ちたいという思いから
ブルージーンズを脱退し「寺内タケシとバニーズ」を結成。
(ちなみにメンバーの黒沢博さんは黒沢年雄の実弟でヒロシ&キーボーのヒロシさんです)

寺内さんのライフワークに「ハイスクールコンサート」というのがあるのですが
当時、エレキは不良の代名詞のレッテルを貼られた弾圧時代だったためエレキギターの偏見を
払拭しようと、各地の高校を渡り歩き、校長と話し合うも門前払いが殆どで失意の元
原点回帰のため故郷の茨城に帰り、母校の土浦三高の校長は寺内を温かく迎え入れ、
エレキの良さを理解し、寺内はブルージーンズと共に母校で演奏しこれが現在1500校を
超えようとしている「ハイスクールコンサート」の第1校目だったそうです。

001_20151208113633424.jpg

そのさなかにリリースされた本アルバムは誰もが知っているクラシックの名曲の歌メロを
ギターで歌うフュージョンブームを待たず先走りしたインスト物ということになるんでしょうか?

本アルバムが第9回日本レコード大賞編曲賞を受賞すると、それまでの世間の偏見が薄れ
エレキギターが一般的に認められる契機となり、現在、何の制約もなくエレキを弾けるのは
寺内さんのおかげだったいうことを若い方は頭の片隅の置いておいて欲しいと思います。

寺内タケシさんのテケテケサウンドは一聴してそれと分かるので、テクニカルな面はさておき
独自性はかなり強いですね。
ただ年代的にもうこの頃のブリティッシュサウンドは遥上のランクを行っており、
日本がいかにエレキギターの分野が未開だったかが分かり興味深いです。

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バニーズ・ゴールデン・コンサート/寺内タケシ&バニーズ - 1968.01.30 Tue









[sales data]
1968/4/20
[producer]
unknown
[member]
寺内タケシ(g)
黒沢博(vo/g)
鈴木義之(vo/g)
荻野達也(key)
小野肇(b)
井上正(ds)




1968年1月30日 東京杉並公会堂でのライヴ

[ある寺内ファンのお怒りの言葉抜粋]

「寺内タケシが批評家によって日本ロック史から無視され続けるのは、彼を批評するのが怖くて
出来ない臆病者ばかりだからなのであろう。日本ロック史を1950年代のロカビリー時代から
語ろうとすれば、寺内タケシの名は避けて通れない。しかしジャックスやはっぴいえんど以降なら、
避けて通れるのである。「エレキ・インストやGSはロックではない」・・・
こんな理屈は、言い逃れ以外の何物でもない。鬼のような気迫に満ちた激烈な寺内タケシの
演奏を聴いた後では、そんな言葉は全く通用しないのである。」

確かに私もGSはロックではないと思っているのですが、少し反省して音を聴いたり
その活動を調べているうちに「ハイスクールコンサート」やアルバム「運命」のエレキ革命など
寺内さんが「エレキの神様」と呼ばれている理由が少し分かってきました。

米音楽雑誌「ミュージック・ブレーカー」でチェット・アトキンス、レス・ポールと並び
「世界三大ギタリスト」に選ばれたこともあるそうで、日本のガレージ・ロックの古典として、
日本よりむしろ海外でのほうが、評価が高いようなのですが、
寺内さんの音楽キャリアで特に凄いのは1976年にソ連の白血病に苦しんでいる8歳の少女に
生演奏を聴かせるため3千万円の赤字と寺内企画の倒産覚悟でブルージーンズのソ連ツアーを決行。
この最中(9月6日)のミグ25事件にも我関せず52日間に及んだツアーで観客42万人を動員し大成功。
後に1981年(45日間、観客130万人)1984年(43日間、観客57万人)にもソ連ツアーを行っています。
(1984年に文化功労賞と音楽功労賞をそれぞれ授与)



世界で最も成功した日本のロックバンドはラルクだとかXJAPANだとか言われますけど
違いますよ、圧倒的に寺内タケシ大先生です(笑)

座右の銘「ギターは弾かなきゃ音が出ない」

浅川マキの世界/浅川マキ - 1970.09.05 Sat









[sales data]
1970/9/5
[producer]
山本幸三郎(編曲)
寺沢圭(編成・演出)
寺山修司(蠍座実況録音曲構成)
[member]
浅川マキ(vo)
etc




寺山修司氏に才能を見出されたこととダークな雰囲気が似ているため
若い方の中にはカルメン・マキさんと混同されている方もいるようですが、
アングラ女王と称される(又は緑魔子、藤圭子と並ぶ日本三大おかっぱ娘(笑)
実力派シンガー。



浅川さんは1967年「東京挽歌」という曲でビクターから演歌歌手としてデビューするも
本人意向が反映されずレコード会社に不満を持っていたところ
(この曲は自身のディスコグラフィーから外しているようです)
寺山修司氏に見出され新宿のアンダー・グラウンド・シアター「蠍座」で行った
コンサートの評判が口コミでじょじょに広がり知名度が上がり、東芝に移籍し、
1969年7月1日、EXPRESSレーベルより「夜が明けたら / かもめ」で再デビュー。



浅川さんはレコードの音質、ジャケットデザイン、ライナーノート、ポスターの配置などに
一貫した美意識を持ち、終生その姿勢を崩すことはなかったそうで、特にCDの音質が嫌いで
1993年に東芝EMIが音蔵シリーズで浅川マキさんのアルバム4タイトルを発売するも
短期間で自ら廃盤にします。
浅川談
「音質が気に入らなかったの、特に「マイ・マン」のCDの音はジャズではないんです」
EMI担当者談
「浅川マキの作品は浅川本人の意向により廃盤せざるを得なかった」

その影響でこのデビューアルバムはなかなか入手難だったのですが、
2010年1月17日、ライブ公演先の名古屋市内の宿泊先ホテルで死去したため
本人に無断で追悼の名目で湯浅学氏監修で再CD化されました。

そんなこともあって、私自身は聴きこんだという歌い手さんではないのですが
独特の不思議ソングは魅力(魔力)がありますね。
蠍座公演のライヴ音源をメインで使用しているため、セリフやSE音が曲間に挟まっているので
オリジナル性は損なってしまうのですが、できれば浅川さんの歌だけ抽出したアルバムに
再編できないものでしょうか・・・



極端に露出を嫌っていたということで、メディアに出演することは皆無で映像を見る機会は
殆どないのですが、生前、本人が監修・編集を行っていた「浅川マキがいた頃 東京アンダーグラウンド」
というドキュメンタリー映像が遺作として発売されました。


回帰線/南正人 - 1971.07.15 Thu









[sales data]
1971/7
[producer]
寺本幸司
麻生静子
[member]
南正人(vo/g/etc)
石川鷹彦(g/org)
細野晴臣(b)
安田裕美(g)
水谷孝(g)




「アシッド・ロック ヒッピー・ミュージックの第一人者」南正人のデビュー盤。

ある意味公式録音の少ない裸のラリーズの水谷孝氏が他者のレコーディングに参加した
唯一の作品として有名かもしれません。

f0210407_12455917.jpg

二人の出会いは1970年夏、渋谷道玄坂で偶然会ったことだそうで、南氏によると
水谷氏が一緒にバンドをやりたがっていたので一度セッションしたところ
しっくり来なかったのでバンド構想は流れますがそれ以降、友人関係だそうです。

南正人氏のことを少し調べてみると外語大のスペイン語科入学後、1964年にメキシコ~
アメリカ~ヨーロッパと放浪の旅を始め、ビートニクなフォークソングに大きな影響を受け、
東京に戻った1966年に、高田渡、遠藤賢司、真崎義博と「アゴラ」という
日本語のフォークソングチームに参加。
1969年シングル「ジャン/青い面影」でデビュー。

minami.jpg
(アルバム未収録でしたがCDはボートラで収録されました)

スペイン語科という経歴も面白いんですが、ルーズに歌う歌唱方法は非常に個性的。
1980年に覚せい剤所持で逮捕>保釈後はリアル・ヒッピーの教祖として現在も
日本中を歌いながら旅しているそうです。
まだいるんですなぁこんなロマンチスト・・・
(PS)
余談ですがアマチュア時代の泉谷しげるが最も影響を受けたアーチストだそうです。


少女/五輪真弓 - 1972.10.21 Sat









[sales data]
1972/10/21
[producer]
ジョン・フィッシュバック
[member]
五輪真弓(vo)
Carol King
Chris Darrow
Loren Newmark
Bugs Pemberton
Charles Larkey
etc



五輪さんはデビュー前、東京、銀座でギターの弾き語りのアルバイト、渋谷のジャンジャンで歌ったり
短期間ですが、米軍キャンプまわりもしていたそうです。
その後、ニッポン放送「バイタリス、フォークビレッジ」のオーディションに合格してレギュラーとなり
彼女の歌唱力に目をつけた事務所が本人希望のロス録音を敢行させた驚きのデビューアルバム。

bera.jpg
(本人には失礼ですが妖怪ベラばりなジャケットがインパクト大(笑)

CBSソニーは最初から五輪真弓ワンマン・レーベル「UMl」発足させたことからレコード会社の
期待度の高さは半端ありません。



アルバムのトピックスに上げられるのは「つづれおり」が大ヒット中のキャロル・キングが
五輪のデモテープを聴いて感動し、ピアノで参加しており、この後も1974年までの3年間、
五輪真弓のアルバム3作品に参加しています。

[デビュー回顧インタビュー]

「五輪真弓=恋人よ」みたいな図式ができあがる以前、フォーク・ロック史を語る上では
外せない1枚だと思います。
タイトル曲「少女」もいいんですが、私はこのアルバム収録の「雨」という楽曲が大好きで、
個人的に邦楽バラードのベスト10に入れたいと思います。

ラビ:ひらひら/中山ラビ - 1974.08.21 Wed









[sales data]
1974/8/21
[producer]
金子章平
(洪栄龍)
[member]
中山ラビ(vo/g)
洪栄龍(g)
水口光利(b)
鈴木茂行(ds)
倉橋和雄(p)
安田裕美(g)
木田高介(p/fl/synthe)
足立文男(ds)
たかみずさん(b)
ファンキー吉川(g)
Mr.大江(steel-g)
チンドン菊乃家
小野寺孝輔(strings arrangement)



ラビさんのことをネットで検索すると「巫女的」という形容をしている文章を
散見するので、エミルー・ハリスのような澄んだ歌声だと思っていたのですが
声質は想像していたのとは随分異なりました。


(私の巫女的のイメージが違う?(苦笑)

詩人で旦那さんの故中山容氏が訳詞をつけたボブ・ディランの歌(「俺じゃだめ」)で
ライブ・デビューし、自身も大きくディランに影響を受けていたことから女ボブ・ディランと
称されていたそうです。



デビューアルバム「私ってこんな」(1972/12/10)ははっぴいえんど解散直前の細野晴臣、
ブルース・クリエイション~DEW~乱魔堂など伝説的なグループに在籍していた洪栄龍
フォー・ジョー・ハウスの林立夫、そして岡林信康が参加していますが
特に洪栄龍氏がラビさんにぞっこんだったらしく、本作の全編的なサウンド作りに貢献し
以後、70年代の作品の殆どに参加しています。

デビュー時はギターの3コードしか弾けなかったそうですが、すでにこの時点で
全曲の作詞・作曲をこなす才女SSWで本アルバムはアコギ弾き語りと70年代フォークロックの典型
(ペダル・スティール/マンドリン/フルートなど)のバンドスタイルの二つの音軸で構成されており、
「巫女的」と言われているのはきっと内省的な詩の内容に起因しているのだろうと思います。

現在は東京都国分寺市の喫茶店「ほんやら洞」のオーナーを務めながらライブ活動を
継続していて、容姿は随分変わりましたが(笑)歌声は健在です。



センチメンタル・シティ・ロマンス - 1975.08.15 Fri









[sales data]
1975/8
[producer]
磯田秀人
[member]
中野督夫(vo/g)
告井延隆(vo/g)
細井豊(Key)
加藤文敏(b)
田中毅(ds)
*****
ラリー須長(per)
山下達郎(bvo)
吉野五郎(bjo)
細野晴臣(chief audience)




中野督夫、細井豊によるシアンクレールに乱魔堂の告井延隆が加わった
名古屋出身のウエスト・コースト系ロックバンド。
このバンドはもっと評価が高くて良いと思うのですが、あまりにもはっぴいえんど系すぎて
その高い演奏力も没個性というかオリジナリティが見出せなかったことで埋もれてしまった
感じがします。
(細野晴臣氏がchief audience名義でアルバムアドバイザーを担ったことが裏目に?)

このバンドについて[センチメンタル・シティ・ロマンス事件]というのがありまして
ニュー・ミュージック・マガジン1975年11月号巻頭で故中村とうようさんが
このアルバムを痛烈に批判。

new music magazine

[記事抜粋]
「ボーカルはフニャフニャ、バックの演奏はスカスカ、全然よくない]
「ぼくはセンチメンタル・シティ・ロマンスをロックだとは思わない」
「体に訴えるものは何もない」
「ぼくは細野氏あたりの動向を警戒の目で注視する必要を、いま頃になってようやく
 感じ始めている」

ここで突然センチメンタル・シティ・ロマンス批判から
「商業主義的なはっぴいえんど系ミュージシャン叩き」な論調にすり替かわり(笑)

「元はっぴいえんどの某君をひきぬくために、ある会社が1千万を出したとか、
やはり元はっぴいえんどの系統をひくグループの周辺にいた某女性歌手は
2千万の契約金である会社の専属になったとか、反体制的なロックを歌ってきた
某グループを引っぱるためにある会社から2千万でどうだという話がでたとか、
いずれもかなり信頼できる筋から流れたウワサだ。
一般のファンにも、いまこそ必要なのは、ロックと呼ぶにふさわしい内実をもつ音楽と
そうじゃない音楽とをしっかり聞き分けて行くことだ。
そうしないと、ようやく日本のロックにマスコミの注目が集まり始めたとたん、
ズルズルと商業主義のほうに引っぱり込まれてしまう。
あがた森魚はナベプロに入ってしまった。松本隆はナベプロの歌手たちのために
歌詞を書いている。彼らが何をしようと自由だ。
だがわれわれは彼らがもともとロックとは違うところに立っていたいた人たちであることを
再確認しておこうではないか。
われわれが生きて行くために、なぜロックが必要なのかいつまでも考えていようではないか。」

とうようさんの記事は好き嫌いありますけど、今の音楽評論家は大手事務所に尻尾ふった
ヨイショ記事しか書けないふにゃふにゃな輩ばかりなので公に商業音楽の代表格である
ナベプロを名指しで批判しているのは凄いことですね。

細野さんはこの頃ティンパンで歌謡曲な仕事をしてたのでそれが相当気にいらなかったんでしょう。
しかし実の所、細野さんは細野さんで商業音楽に馴染めないことに相当苦しみい抜いた結果
自我を見つめ直し、あのトロピカル三部作が生まれ、YMO誕生につながることになったので
とうようさんは週刊誌ネタ的な下世話なお金の流れに目が行ってしまって、
細野さんの音楽的な本心は見抜けていなかったようですね(笑)

ピーチクパーチク歌うカラオケ時代以前は「音楽は熱く語るものだった」懐かしい頃の話です。

飛・び・ま・す/山崎ハコ - 1975.10.01 Wed









[sales data]
1975/10/1
[producer]
M.O
[member]
山崎ハコ(vo/g)
吉川忠英(g)
安田裕美(g)
大村憲司(g)
チャー(g)
小原礼(b)
佐藤淳(key)
吉田健(b)
村上ポンタ修一(ds)




個人的に日本語を強烈に意識させる歌手というと「三上寛」「友川かずき」の郷土弁が
思い浮かびますが、ストレートな日本語(標準語)で歌いかけて来るのが山崎ハコ。

70年頃の邦楽の特徴は少なからず「洋楽の影響」を感じさせる作りになっていますが
彼女の場合は全くその影響を感じさせない純和風な日本語の響きを活かした「歌」が
他の追随を許さない独特の山崎ハコの世界を表現しているデビューアルバム。

山崎ハコ談
「歌をつくるというより、できる。だからできないと、ずっとできない。」

上記の発言は何を意味しているかというと、アルバムを作るために作った楽曲はなく
時間をかけて「できた」曲でアルバムが構成されているということです。

それにしても参加メンバーが凄いですね~。
ちょっとした人気ロックバンドができちゃう感じですけど、バックメンバーは
切々と歌うハコさんのバッキングに黙々と徹しています。



現在CDで再発されている1st&2ndのアルバムジャケットはエレックレコード時代のもので
1976年エレックレコードが倒産するとニッポン放送の全面協力でアード・バーグ (キャニオンレコード)
へ移籍し、藍色の詩リリース時(1977年3月)同レーベルよりジャケ写を一新して再リリースされています。

yamazaki1.jpg yamazaki2.jpg

深夜ラジオ番組「パック・イン・ミュージック」や「オールナイトニッポン」を中心にDJとして
深夜放送のマドンナなどとも称されましたが、1998年に所属事務所が倒産したことで
一時期ホームレスにも近い極貧生活をしていたこともあったそうですが、
長年活動を共にしたギタリストの安田裕美氏と2001年に結婚し、有線放送でたまたま
自分の曲を耳にし「自分は歌わなくてはいけない」と本格的な歌手復帰を決意し、
2008年に完全復帰を果たし、新曲もリリースしています。

[再デビューに際してのインタビュー記事(2009年12月)]

Light Mellow/佐藤奈々子 - 1977.06.25 Sat









[sales data]
2014/10/29
[producer]
大野雄二
横内章次
小坂忠
井上鑑
[member]
下記アルバム参考




加藤和彦さんのパパ・ヘミングウェイの独特のコケティッシュなウィスパー・ヴォイスの
佐藤奈々子さんが気になり、アルバムを探してみると
丁度70年代にコロンビアからリリースした初期4作品から選曲された
「Light Mellow Artist Series」というのを購入してみました。

【Light Mellow Artist Series】
音楽ライター、金澤寿和氏が選曲・監修する人気コンピレーション・シリーズ
メロウなテイストとグルーヴをテーマにシティ・ポップス、AOR、和製レア・グルーヴなど、
心地良いチューンだけをセレクト。


[1]funny walki'n(1977/6/25)


林立夫(ds)竹田光司(ds)市原康(ds)後藤次利(b)稲葉国光(b)高水健司(b)
杉本喜代志(g)直居孝雄(g)松木恒秀(g)徳武弘文(g)
大野雄二(p)飯吉馨(p)栗林稔(p)斉藤ノブ(per)妹尾隆一郎(harmonica)
タイム・ファイブ(bvo)シンガーズ・スリー(bvo)

[2]sweet swingin'(1977/12/25)


竹田光司(ds)森おさむ(b)伊東昌明(b)稲葉国光(b)
横内章次(g)杉本喜代志(g)水谷公生(g)安川ひろし(g)幾見雅博(g)
飯吉馨(p)市川秀男(p)江草啓介(p)穴井忠臣(per)小野寺武司(per)
タイム・ファイブ(bvo)

[3]pillow talk(1978/10/25)


西村宏(ds)坂井正行(b)山内達雄(g)佐藤博(key)ベッカー(per)
衛藤幸雄(fl)金山功(marimba)鈴木慶一,岩淵亮,小坂忠(bvo)
玉野ストリングス

[4]kissing fish(1979/7/25)


市原康(ds)山本秀夫(ds)長岡道夫(b)高水健司(b)土方隆之(g)松木恒秀(g)
土屋昌巳(g)杉本喜代志(g)中牟礼貞則(g)松宮幹彦(g)岩淵亮(g)吉川忠秀(g)
井上鑑(p)穴井忠臣(per)横山達治(per)宅間久善(glockenspiel)
向井滋春,粉川忠範,塩村宰,福島照夫(trombone)

佐野元春さんに見出され、自ら歌う傍ら、高い作詞能力から多くのアーチストに楽曲を提供し
マニアックな所ではパンタの問題作「KISS」には6曲も提供しています。

いわゆるCity Popsのジャンルだと思いますが、同時期の杏里、尾崎亜美さんなどのように
ヒット曲というのがありませんので、通好みな歌い手さんだと思いますが
不確かで壊れそうなアンニュイな雰囲気が好きな人にはお薦めです。

何で今まで自分の音楽アンテナにひっかからなかったのかな?と考えると
CITY POPなサウンド的に共通点の多いティンパン・アレイ系のアーチストとの接点が
殆どないんですね・・・
その理由は丁度佐藤さんのデビュー時、細野&坂本はYMOの発進準備に追われていて
佐藤さんまで手が回らなかったということではないかなと。
(逆にYMOプロジェクトに関わらなかったミュージシャンがごっそり参加(笑)



佐藤さんは加藤和彦プロデュースのニューウェイヴバンドSPYで高い評価を受けるものの
写真に興味をいだき、そのままカメラマンに転進し、87年にパリに移住し
95年にnanacoで復帰するまで音楽活動から遠ざかっていたという変り種な事情も
ミュージシャンとしてのマイナー度を加速させてしまったのかなと。

IN A MODEL ROOM/P-MODEL - 1979.08.25 Sat









[sales data]
1979/8/25
[producer]
佐久間正英
P-MODEL
[member]
平沢進(vo/g/etc)
田中靖美(key)
田井中貞利(ds)
秋山勝彦(b)




一時期プロレスにはまっていた時期がありまして、長州力の入場テーマ曲「パワー・ホール」の
作曲者「異母犯抄」が平沢進さんだと知ってから遡ったP-MODELですが
当時プラスチックスで活躍していた佐久間正英さんが初めてプロデュースしたバンドが
このP-MODELです。



時代背景的にシンセやリズムBOXを使用しているのでサウンド面でテクノ御三家にまとめられがちですが
平沢さんの詩のメッセージ性が強くバンドとしての独自性はかなり強いので私はピコピコ音の
テクノバンドとして語られることに強い抵抗があります。



バンド活動状況は

1988年「凍結」と称して活動を休止
1991年「解凍」と称して活動を再開
1993年「待機」と称して活動を休止
1994年「改定」と称して活動を再開
2000年「培養」と称して活動を休止

という感じで、平沢進さんは1989年頃よりソロ活動も活発化させ今でもコアなフォロワーが多く、
唯一無二の音楽世界を構築継続中。

東日本大震災後、メディアは音楽部門代表で坂本教授に柔らかくスポットを当てるも
坂本さんは音楽そのもので反原発を表現していませんでしたが、平沢進さんは
ステルスマン名義で「原子力」というダイレクトな楽曲をネット配信しましたが
100%シカトされました・・・(知っているのはファンだけ?)

これだけTVのチャンネル数が増えて安っぽい音楽PVをリピートする音楽番組が
腐るほどあるのに、臭い物に蓋的に反原発に関わる曲は一切拡散(オンエア)しない
メディアの功罪。
日本は本当に表現の自由が確保された民主主義国家なのでしょうか・・・

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